奥出雲仁王門修復プロジェクト−5 仁王門解体 4月20日/2024

20日、解体工事。
山口棟梁が用意してくれた番付ラベルを各部材に打つ作業を見ながら、イエッケが言う。
この仁王門が好き。なんて美しいの。
   
解体工事はすでにプロジェクトに参加している地元のベテラン大工たちの手によって粛々と行われた。午前中ですべての部材が片付いた。
いわゆる八脚門なので12本ある柱の半分ほどが柱脚が腐り、半分ほどが柱頭が痛んでぼろぼろと崩れる。檜なら芯は残るのだけれども、松は芯まで一気に腐る。手にした人たちは材の傷み具合を実感したことだろう。われわれ学生チームは材をトラックに載せ、麓に運んで降ろす役目をいただいた。
礎石以外、すべて無くなった仁王門に立ち入って、慈しむように礎石の土を手で払うイエッケ。門の仁王の立っていた前あたりに生えていた椿を大事にとっておいてほしいと工事責任者に話していた。
晩に、ブルータイル仁王が展示されている横田の本町会館にて集会があり、イエッケの1時間ほどの話があった。
冒頭、彼女が2015年に初めて仁王門を訪れた折の写真と本日の解体され、礎石だけになった写真が並べられ、
EMPTINESS 「からっぽ」
FULLNESS「満たされている」
と題されていた。逆ではない。何もない今日の風景こそ、ここに集まった人たちで埋まった会場のように、満たされている。2015年には誰ひとりこの仁王門に想いを寄せる人はいなかった。本日、解体前のお祓いに、解体工事に参加してくれた人たち、会場に集まってくれた人たちの熱い想いで礎石以外は空っぽの仁王門が満たされている。
現場にも会場にも来ていた奥出雲町長も頑張ろうと発言。 一連のプロジェクトに参加している面々からのお話しも。
彼女の活動はまだまだつづく。ブルータイルに生まれ変わった仁王が地域のひとたちの思いを引き受けてあの岩屋寺の杉木立の山に戻り、未来に向けて奥出雲のひとたちを見護るために、このプロジェクトをやり遂げねばならないのだ。
翌21日、仁王門の解体部材を京都に見送る儀式で今回の一連のイベントが終わる。それについては次便で。
(さの)

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