秋のバス見学は閑谷学校に行きました。紅葉の時期が過ぎたところで、人も少なく、ゆっくり落ち着いて見られます。
閑谷学校は岡山池田藩の郷学校。池田光政の命をうけて藩士津田永忠が1670~1700年に建てました。
鶴鳴門。正面には孔子廟堂を模した聖堂。
神社の前の門から入ると、山の斜面を含んでぐるりと特有の石垣で境界づけられた校地がよく見えます。
左手には講堂。その背後の隠れたところにもともとの学坊がありました。
聖堂。中国の孔子廟堂と同様、門前に楷の木が植わっています。紅葉が有名な木ですが、もうすっかり落葉していました。
聖堂から石段越しに鶴鳴門を見ています。
講堂東面。閑谷学校の屋根瓦はすべて備前焼。やわらかな色合いが山の色と壁の漆喰の白と合います。1週間かけてじっくり焼く備前焼の瓦は耐久性も優れるのでしょうね。
講堂のすぐ脇に習芸斎という小さな建物がある。光政公がここから子どもたちの勉強する光景を眺めるというもの。実は光政は一度ほどしかここを訪れていない。津田永忠の思いが込められているのだろう。
式台玄関を内側からは丸い石垣がしずかに見えています。
講堂内部。今もときどきここで論語講読会がおこなわれるそうで、床が見事に拭かれて光っています。
講堂の西側にある文庫蔵と火除け山。ともに向こうの学坊からの火災を防ぐよう配慮されている。
学坊の南面に伸びている石垣と通用門。
こんな親し気な石垣、いいですね。重要文化財に指定されています。
文庫から望む飲室、玄関、講堂。やはりこの面は漆喰が大壁に塗られて防火性能を上げている。
石垣の外に椿山という光政公の墓所がある。一面に植えられた椿の森をくぐってアプローチする。
椿の森の向こうに墳墓が見えている。みかげ石の垣がモダンデザインと見まがうほど、実によくできている。
裏手の山から望む。ここから光政は学校を温かく見守っているということだろう。
(SANO)